2010年10月23日土曜日

モチベーション3.0/ダニエル・ピンク

話題の本「モチベーション3.0」を読みました。内容としては、以前紹介した太田肇氏の本とかなりかぶります。同様の考え方を、すでに世界の多くの学者たちが研究しているということなのでしょう。

この本の秀逸なところは、「やる気」論を「モチベーション3.0」というキャッチーな題名にしているところです。人間の心にもコンピュータと同じようにOSがあり、現在多くの人がモチベーション2.0に従って生きているけれど、これからは3.0の時代だからバージョンアップせよ、という主張です。
では、そのバージョン番号は何を意味しているのか。1.0は人間のプリミティブな生きていくのに必要な欲求です。つまり食欲、性欲です。2.0は、近代の工業化された社会において、仕事をすればお金を貰える、というアメとムチの社会です。多くの人に同じ仕事を効率よくさせるのに優れたやり方です。
しかし、近年になって創造的な仕事が重要になるにつれ、この2.0のやり方では良いアウトプットが出なくなってきました。仕事に対して報酬を与えると逆にクリエイティブな発想が生まれにくくなる、などの事例より、本当に創造的な仕事は、「やらされている」という外発的な要因でなくて「好きだからやっている」という内発的要因で行われている、ということを著者は主張します。

元々著者は専門の学者ではなく、ジャーナリスト的な立場の人であり、この本は多くの専門家のインタビューによって成り立っています。専門家が行った多くの心理学実験が紹介され、この考え方を非常に説得力のあるものにしています。
例えば、あるパズルを解かせる前に、うまく解けたら報酬を与える、といった条件を与えます。そのパズルが時間さえかければ解けるシンプルなものであれば、報酬を与えることによって早く解かれる場合もあるのですが、その答えにやや発想の転換が必要な場合には、報酬が逆に悪く作用し、パズルが解くのに時間がかかってしまうのです。

本書の中盤からは、このモチベーション3.0の三つの重要な要素が紹介されます。
「自立性(オートノミー)」「熟達(マスタリー)」「目的」です。
「自立性」とは、管理されずに自ら進んで行動する、ということ。有名なグーグルの20%ルールなどは、この応用です。会社にいる時間の20%は業務以外のことを好きにやっていい、というルールですが、現在のグーグルのサービスの中で、この20%ルールから生まれたものもたくさんあるのです。
企業がそれなりのコストを支払ってでも、自律に任せることによって素晴らしいアイデアが生まれる可能性があり、それは結局会社の成長に繋がるわけです。
「熟達」とは、一つのことに熱中することで、それがどんどん得意になっていく、ということ。スポーツ選手、芸術家、研究家などがある種のトランス状態の中で、優れた業績を残しています。このような心理状況のことを心理学者チクセントミハイはフローと名付けました(この件について、以前書いたことがあります)。熟達はときに苦痛でもあるのですが、このフローこそが個人が創造的なアウトプットを出すことの必要条件となるのです。
「目的」とは、個人が一生をかけて達成しようという誓いです。それは金銭的な成功ではなく、世界に対する貢献です。誰だってお金が欲しいし、そんな高邁なことを考えていない、と思うかもしれません。しかし、実は誰もが世に貢献したいという漠然とした希望は持っているし、それを顕在化させればいいだけなのです。それが達成できることは、個人の心に大きな充実感が得られることでしょう。

実は、ちょっと解せないのは、この本が一見組織や社会のあり方を見直すような方向性を見せながら、結局個人の生き方に落とし込んでいるという点。個人の生き方に対する提言はあるけれど、組織や社会はどうあるべきか、まで踏み込んでいません。だからよく読まないと、自己啓発本以上の効果が得られないのです。
しかし、多くの人がこの内容に共感を得るならば、社会は少しずつ良くなるのかもしれません。残念ながら、日本はアメリカ以上に2.0になっているように感じます。むしろ昔の日本は3.0に近かったような気さえしてきます。

世の中がグローバル化すればするほど、仕事がルール化され、定型化されてきています。それは効率化のためやむを得ないことなのだけど、日本ではそれが個人への押し付けとしか機能していません。全ての仕事がプラスを生み出すのではなく、マイナスを0にする仕事と化しているのです。
そういう意味で、この本は私にとって大変刺激的な内容でした。個々人が芸術家であることが求められる社会が目の前まで来ています。私は、もっと早く世の中がそのように変わって欲しいと心待ちにしているのです。

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